住宅論

檀ふみ著『父の縁側、わたしの書斎』
壇ふみさんの父・檀一雄さんは、言わずと知れた火宅の人の著者。火宅の人イコール壇一雄さんだと聞いていたので、引越しを繰り返したり、旅情の赴くまま世界各地を訪ね歩いたというエピソードには頷けたが、自宅を何度も改造したというくだりは意外だった。
ふみさんが描いた図面が挿されているが、建物が継ぎ接ぎだらけでいびつなかたちをしていて、明らかに素人仕事だとわかる。でもそれが檀一雄の流儀。彼が愛する住まいのかたち。
壇一雄さんが亡くなってのち、一家は居心地のよい住まいを求め、新居の設計を建築家に依頼する。ところが廊下の真ん中に段差があってつまずきそうになったり、手の届かないところに照明があって球替えができなかったり、熱がこもって入れない屋根裏部屋があったりする、恰好はよいが使い勝手の悪い家ができてしまったそうだ。
ふみさんは書いている。「不思議なことに、まだいっぺんもこの家の夢を見ていない。夢に出てくるのは、昔の家の玄関、昔の家の勉強机、昔の家の窓」
雨漏りはしたしカビも生えた。好きではなかったはずなのに、結局ふみさんにとっての理想の住まいは、むかし住んでいた家だった。つまりそれは、住まいや暮らしを愛し、家族を愛した父・檀一雄が建てた家だったのだ。