福良

淡路島にある巨大観音像が解体されるとニュースが伝えていた。経営者が亡くなり2006年から廃墟となっていたそうで、現在は国の所有だとか。だから解体費用は税金から賄われ、その額8.8億円。高いような気はするが、高さが100mあるので仮設費が嵩むのだろうか。
記事を読んでもうひとつの廃墟を思い出した。太平洋戦争における戦没学徒の記念施設『若人の広場』(1967)。何かの折に丹下さんの設計だと知ったが、1994年に閉館、翌年の阪神淡路大震災であちこち被害を受けてしまい、ずっと放置されているということだった。
せっかく思い出したので久しぶりに検索。驚いた。施設が再開されていた。南あわじ市が購入し、兵庫県や丹下事務所などへ協力を仰ぎ、2015年に再開したのだそうだ。
そうとわかればすぐにでも見たい。次の日用心して訪れた。三ノ宮から淡路島内を走るバスに乗り、終点の『福良』で下車。バス停の前にいかめしい建物が立っていたが、戻ってから見ることにして、目的地へ向けて歩きはじめた。Google マップによると1時間だった。

しばらく歩くと湾が開けたので、立ち止まって眺めると最奥の山頂に三角の物体。大見山 (標高145m)の山頂にあるそうなので、おそらくあれが記念碑だろう。距離に気が遠のいたが、本当にあそこまで1時間で行けるのか。Google マップは傾斜をわかっているのだろうか。

Google マップは傾斜をわかっていた。1時間もかからず到着。魅力的アプローチ。

アプローチを上りきったところ。とても力強いが威圧的な量塊。山の上なのになぜこんなに高く立ち上げるのだろう。城の石垣に見立てたかったのだろうか。

屋内はダイナミック。天井はコルビュジェのモノル型のようなヴォールトの連続。でもどういうつもりか軸が揃っていない。なのでアングルが定まらず撮影しづらかった。
廃墟マニアなどのブログによれば、むかしは地階があったそうだ。上の画像で左側のスロープのあたりが吹抜になっていたようだ。大人数が収容できる広間もあったそうだが、建物のボリュームから考えれば、アプローチから見えた石垣の量塊のあたりではないか。

屋上は歩けるようになっていて、全方位のパノラマを眺めることができる。右側が出発地点の福良湾、左側は見切れてしまっているが、先には大鳴門橋があり、四国へと通じている。
残暑厳しく焼けるだろうと長袖を着ていたのに、手の甲だけ焼けてしまい苦笑した。首から上のこともすっかり忘れていて、茹でだこのような顔になってしまい恥ずかしかった。
石積みの壁はオリジナルでは積み上げっぱなしだったようだが、崩れ止めのためか全周笠木が回してあった。廃墟画像では高い壁には崩れ止めのフェンスが覆っていたが、石積みをいったんバラして固め直したのだろう、すべて撤去されていた。

記念碑と建物の軸がずれているが、屋上床石の目地は記念碑へ向いている。記念碑の軸は満州を指しているのだろうか。日本国旗が仰々しく生々しい。
藤森さんとの共著『丹下健三』に書かれているが、丹下さんはこの建物を発表しなかった。その理由を当時担当者だった神谷宏治さんが話している。

あの施設の主体は動員学徒援護会という文部省傘下の財団法人で、戦没学徒を記念し慰霊するというわけだから、丹下さんは意気込んで設計したわけです。いよいよ完成して引き渡し、そのオープンの記念式典の案内状が届いた。主催者として記されていた名前は、岸伸介、奥野誠亮など、いずれもいわゆる右翼と呼ばれるような戦中に指導的な地位にあった政治家です。当日、岬の下を自衛艦が航行し、観閲式もある、と書いてある。全く予想もしていなかった内容なだけに、丹下さんは “私は行かない” といって、オープンの式典に欠席です。だから、発表もせずじまいでしたね。

慰霊碑。平和記念公園の『平和の灯』同様、『永遠の灯』がずっと灯されているそうだ。
この施設の4年前に竣工した、東京カテドラル聖マリア大聖堂の壁を彷彿とさせるHPシェル構造。石積みの壁も、表情は異なるが、大聖堂の基壇に用いられた石張り壁のよう。

バス停前の建物は『淡路人形座』というそうだ。室町時代からの歴史があるという淡路人形浄瑠璃の灯を、消さないようにと活動している島内唯一の劇団なのだそうだ。
毎日4回上演されているそうで、タイミングが合えば観てみたかったが、叶わなかった。

設計は遠藤秀平さん。外壁はよく土木がやるメッシュ型枠を残した仕上げ。メッシュの柔軟性を活かし表情をつけているのだろうが、錆やチリや埃が凹部に溜まっているのか黒く見える。笠木や開口部からの錆び垂れはコルテン鋼によるものだろうか。
竣工から9年経っているようなので、コルテン鋼はこれ以上錆びないのかもしれないが、それにしても現在のこの表情は予想通りだろうか。私には経年変化の味わいは感じられず、ただ汚らしい、みすぼらしいようにしか見えなかった。

そばに建つ『津波防災ステーション』も遠藤さん。かたちと工法は面白いがそれだけ。

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