書体設計士

ぽかぽか陽気だったので、整体のあと戻らず京都へ足を延ばし、観る予定にしていた展覧会をはしご。1つめは書体の展覧会で、『鳥海修 もじのうみ:水のような、空気のような活字』。
会場は京都dddギャラリー。堂島や難波の時代には何度か訪れたが、太秦へ移ってからははじめて。着くとまだ開いていなかったので、近くの喫茶店でハムサンドを食べて待った。
鳥海修さん(と字游工房)が設計した最も有名な書体はヒラギノだろうか。MACWORLD Expo / Tokyo 2000の基調講演で、スティーブ・ジョブズにヒラギノ明朝体の「愛」をクールと言わしめた。ジョブズはカリグラフィーに魅了され、Macの開発では書体の美しさに気を配ったそうだ。この書体は初代Mac OS Xに装備されたが、現在はiOSやiPadOSにも装備される標準書体。
WindowsはMac OSとは思想が異なり、美しさよりも読みやすさに重点を置いていたそうだが、Windows VistaではじめてClearTypeであるメイリオが装備され、ようやく滑らかに表示されるようになった。Windows 8.1では現行の游書体が装備されたが、これを設計したのは鳥海修さん(と字游工房)。Macにも装備され、はじめて両者で同じ書体が装備された。

入口を入るときれいな色のパネルが目を引く。パンフレットにも描かれているデフォルメされた「もじのうみ」。鳥海山にインスパイアされたかたちだろうか。

鳥海さんは山形県遊佐町の出身で、鳥海山の麓で育ったそうだ。職場のデスクの壁には鳥海山の写真が張られているそうだが、鳥海さんにとって故郷の風景はとても大切なもののようだ。
3人の教え子がアートディレクションを行ったそうだが、その鳥海さんの思いを汲み、会場に鳥海山や庄内平野を出現させた。鳥海さんが書体設計士を志すことにしたきっかけは、先輩書体設計士の言葉「日本人にとって文字は水であり、米である」だそうだ。ヒラギノ明朝体の田んぼの間を、自転車に乗った鳥海少年が駆け抜けている。遠くに見えるのは鳥海山だろう。
右の壁には書体制作のプロセス。イラストがほのぼのとしている。「本展の構成」や「ごあいさつ」を含めテキストはすべて手書きだが、書体との対比となっているようだ。

奥の壁には游ゴシック体の1ウェイト23,058字。ただただ圧巻。右の壁には鳥海修さん(と字游工房)が設計した書体を用いた書籍や標識。高速道路の標識にヒラギノが使われていることは知っていたが、大阪メトロの標識も現在はヒラギノだそうだ。読みやすくなったとは思っていたが、標識全体の意匠が好ましくないので、そちらへの思いが勝り読みやすさが潜んでしまった。
鳥海さんはご自身のことを「書体設計士」と呼んでいるようだが、タイポグラファーやフォントデザイナー、書体設計家でないのがよい。文字は「デザイン」よりも「設計」が似合う。

もう1つの展覧会は『挑む浮世絵:国芳から芳年へ』。歌川国芳と月岡芳年はじめ弟子たちとの饗宴。150点もの浮世絵は見ごたえがあり、有名どころも多く展示されていた。
画像は国芳『流行逢都絵希代稀物(ときにあうつえきだいのまれもの)』。国芳も大津絵を描いていた。ベースは近松門左衛門の浄瑠璃『傾城反魂香』だそうで、中央にいる大津絵の絵師浮世又平が描いた紙から、キャラクターが飛び出し敵を追い払う場面がもとになっているとか。
左から「座頭?」「藤娘」「酒呑奴」「釣鐘弁慶」「鬼の念仏」「傘さす女?」「外法梯子剃」「槍持奴」「鷹匠」「雷公の太鼓釣」「瓢箪鯰」。顔がキリっとしているのは役者の顔だから。つまりこれは役者絵。天保の改革のあと規制緩和し、間接的な表現は許されたそうだ。
作品を撮影できることを知らなかった。パシャパシャ撮っている人がいたので、係員に尋ねたところ構わないと。すでに半分以上観ていたので、振出しに戻る気にならず1点のみ撮影。
なぜチケット購入やモギリの際に言ってくれないのか。この施設はいつもそう。気が失せたので図録は購入せず。ポリプロピレンのカバーも気に入らなかった。