環境を用意する

川村記念美術館。色見本帳でおなじみのDICとそのグループが集めたコレクションを、3万坪の自社研究所敷地内に建てた美術館に収蔵展示している。そのコレクションはレンブラントにはじまり、モネ、ルノワール、ピカソ、マティス、カンディンスキーにマグリット。アメリカからはステラ、カルダー、コーネルなど堂々たるもの。昨年末駆け込んだ根津美術館が和の宝庫なら、こちらは洋の宝庫といったところ。
この美術館を知ったのは日本デザインセンターのウェブサイト。日本デザインセンターにはウェブ製作部門があり、無印良品のウェブサイトなどを手がけているが、その明瞭で簡素な、それでいて品のあるデザインは、この美術館のウェブサイトにも踏襲されていて、素敵なウェブサイトだと思い、訪ねてみたいと思っていた。もうひとつのきっかけは、はじめてウェブサイトを訪ねたときに見たマーク・ロスコの『シーグラム壁画』赤や茶を画面いっぱいに塗りこめただけの抽象画。その紹介画像は小さかったが、しばらく釘付けになってしまった。
この作品は、もともとニューヨークにあるシーグラムビルのレストランに設置される予定だったそうだが、作家が完成間近の店内を見て、作品に合わないと契約を破棄してしまったそうだ。すぐに30点からなるこの連作は世界中に散らばってしまったのだが、のちにテート・モダンに9点、この美術館に7点が寄贈されたそうだ。
これらの作品は専用の部屋が与えられている。Room No.106ロスコ・ルーム。『アンナの光』だけを展示したニューマン・ルームとともに、美術館のハイライトなのだろう。
ロスコ・ルームへ入ると膝が震えた。六角形のいびつな部屋に配された7点の作品。きっとこの作品のために特別に設えられたのだろう。中央にソファがあり、バターになったトラのようにグルグル部屋を回ると、しまいに壁一面が赤く染まり、魂が同化するような感覚に陥った。

ACアダプター

だましだまし充電してきて年が明けた。いいかげん面倒なのでアップルストアへ持っていくことに。でもアップルストアときたら、ちょっと具合を見てもらうだけなのに予約制だという。ジーニアス・バーだ。なんて偉そうなネーミングなんだとゴチながら予約をし、時間がくるまで銀座をぶらぶらして過ごした。
予約時間。ジーニアス・バーカウンターに腰をかけ、半袖のお兄さんに事情を説明すると、間髪入れずひと言。「申し訳ございませんお客様。原因はわかっております。アダプターが不良品なのです」あっという間に解決。Appleよ……

扉をたたく人

かつてアメリカは自由の国だった。夢を抱き、希望を胸にして、世界中から人がやってきた。でも9.11以降、アメリカは堅い殻を身に纏うようになった。事件の首謀者と同じ地域の人を恐れ、不法滞在者を排除しようと躍起になっている。
この作品では、ひょんなことで主人公の部屋に居候をすることになった、シリア出身のジャンベ奏者がその標的にされた。無銭乗車を疑われたことで不法滞在が暴かれてしまい、拘置所に収容されてしまう。主人公は知り合いの弁護士を通じて釈放させようと努めるが、国家という大きな壁を打ち崩すことができず、彼は国外へ追放されてしまう。
拘置所の係員からそう聞かされた主人公は、それでもなお懇願するが、覆ることがないとわかり、「私たちはなんて無力なんだ!」と叫ぶ。ラストシーンでは、いつか一緒に演奏しようと約束した場所で、ひとりジャンベを打ちつける。自分の力のなさや、体制に対するやりきれない怒りが魂の叫びとなってほとばしる感動のシーン。
名バイプレイヤーであるリチャード・ジェンキンスの初主演作。控えめだが味のある演技が評価を受け、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。ジャンベ奏者の母親を演じたヒアム・アッバスの演技もすばらしい。
アメリカでははじめ4館しか上映されなかったが、しまいには270館にまで拡大し、半年に及ぶロングラン上映となった。派手ではないが、ボディブローのようにじわじわ効いてくる佳作。

音楽のちから

紅白歌合戦でスーザン・ボイルさんが歌っていた。すばらしい歌声に感動したが、テロップで流れる訳詞にグッと来た。いまの彼女と正反対だ。詞の内容など関係なく、理屈抜きにこの曲が好きなのかもしれないが、でもきっと詞の中の主人公に自分を重ねていたのだと思う。
スーザンさんもそうだが、先日テレビで放送した小田さんの『クリスマスの約束』などを見ると、音楽に敵うものなどないのではないかと思う。音楽はすべての人に感動を与えるが、建築に感動を覚える人はどれだけいるか。そういえば小田さんも大学で建築を学んだが、「知識者たちは、貴族的な方法で文明のうわずみを弄することくらいしか期待できない」と業界を批判し、『建築との訣別』という名の修士論文を叩きつけたのだとか。

今年の『クリスマスの約束』はとてもよかった。朝刊に掲載された見開き広告を見て、今年はいったい何をするつもりだろうとワクワクした。
自ら出演を依頼した、21組34名におよぶアーティストが一堂に会し、自分の曲をみんなで支え合い歌いつないでいく、22分50秒におよぶノンストップメドレーだった。
番組をはじめた2001年に、やりたかったが叶わなかった企画だそうだ。だから小田さんは感極まった。『今日もどこかで』を歌い終えるとこらえきれずに泣いた。ところが泣いているのは小田さんだけではなく、スキマスイッチの大橋君や、いきものがかりの聖恵ちゃんや、一青窈に中村中も泣いていた。みんな感極まっていた。JUJUやAI、Crystal Kayも出演していたが、普段はまったく聴かない彼女たちの曲も、ああして歌えば受け入れられる。音楽のちからはすごい。

サウンドトラック

『天使と悪魔』のDVDが1,980円で売っていた。期間限定価格だそうで、そういえば『ダ・ヴィンチ・コード』のDVDも、『天使と悪魔』公開記念で980円だった。よい世の中だ。
これらの作品もそうだが、お気に入りの映画は音楽もよかったりする。『ラブ・アクチュアリー』や『トニー滝谷』のように全編通してよいものもあれば、あるシーンの音楽と映像がマッチしていていつまでも頭から離れないものもある。たとえば『イングリッシュ・ペイシェント』『ガタカ』のオープニング、『もののけ姫』でアシタカが旅立つシーン、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『ブレードランナー』のラストシーンなど。
『ダ・ヴィンチ・コード』の場合はやはりラストだろう。血が洗面ボウルを流れる様を見てブラッドラインを閃く。マリアが眠るのはローズラインの下ではないのかと。ARAGOの標識に沿って歩を進めると、たどり着いたのはルーブルのピラミッド。逆さピラミッドの先端には対をなして小さなピラミッドがある。ペンタグラムだ。カメラは逆さピラミッドのガラスを貫き、小さなピラミッドの中へ潜り、そしてその先に……原作では描くことのできない映像技術のなせる業。フィクションどうこうお構いなく、とてもワクワクするシーン。そしてこの一連のシーンに流れる曲がよい。ストリングスのハーモニーが、時間が進むにしたがい音数が増え、それらが重なり響きあい、最後には昇天してフェードアウト。鳥肌の立つエンディング。

映画『つむじ風食堂の夜』

映画が公開されたのでさっそく鑑賞。東京が一番上映。こういうとき東京は素敵。
監督は篠原哲雄さん。様々なタイプを撮るので、見境ないと嫌みに思うところが大人げないが、田中麗奈さん主演の『はつ恋』や『山桜』、あと『地下鉄に乗って』はよい作品だと思う。
主人公を演じるのは八嶋智人さん。奈々津さん役は宝塚出身だそうで、名字がこの作品の町の名と同じ月船さららさん。船の字が違うか。ほかには、知らぬ間にずいぶん太られたスネオヘアーや下条アトムさん、生瀬勝久さんなどの個性的な面々。
監督がどこかで言っていた通り、原作にほぼ忠実に作られていた。ロケ地に選んだ函館の町は、想像していた月舟町を彷彿とさせたし、月舟アパートメントも、階段の段数は36段より多いようだったが、主人公が住む部屋の雰囲気も父の形見の手袋もよくできていた。クロケット定食もエスプレーソもとてもおいしそうだった。
でも作品の要である食堂のつくりは想像と違った。外観は百歩譲ったとして(想像では白く塗られた下見板張り)、客席のエンジやグリーンのビニルレザー張りのベンチシートはいただけない。渋いグリーンか茶のモケットを張った、イギリスの教会にあるような木の椅子がよかった。それと、カットされたオゴオリさんにもぜひ登場してほしかった。
などと文句をいいながら、ラストシーンの父の最後の手品には熱いものがこみ上げ、「先生ちゃんとそこにいる?」の台詞にドキッとした。
その日の晩ご飯のおかずは、言うまでもなくホクホクのコロッケをいただいた。