UGLY FLOWER

先日購入した雑誌『アイデア』で紹介されていた『醜い花』。書店で思い出して手に取ったが、そのまま中も見ずにレジへ向かった。
ページ数にしてたったの41ページ。半分は英訳なので正味20ページ。白段ボール紙に箔押しした函に納まっていて、銀クロスのカバーに文字が箔押しされている。紙もとても上質で、ページが袋状に綴じられている。なんて素敵な造本だろう。
演出は原研哉さん。文は原さんの盟友・原田宗典さん。挿絵は画家の奥山民枝さん。
物語のキーワードは、生の意味、存在の意義、あいかわらずの人間の愚かさといったところか。明快な文章に、奥山さんの挿絵が恐ろしくも美しい。

アップリケ

画材店で模型材料を入手し、大丸ミュージアムで『宮脇綾子の世界』展を鑑賞。帰りに先日オープンしたアップルストア心斎橋へ立ち寄った。
宮脇綾子さんのアップリケは『あまから手帖』の表紙で知っていたが、実物を見るのははじめてだった。木綿やフェルト、タオルや藍染めなどの端切れを自由自在に組み合わせた作品は、どれも愛らしくて楽しくてモダン。『色紙日記』や『はりえ日記』は、1967~1969、1971~1990のあいだ一日も欠かさずつけられていたそうで、全部で70巻にもなるそうだ。水彩画や作品のスケッチなども描かれていて、これだけで立派な作品となっていた。
それにしても、宮脇家はなんて素敵な家族なのだろう。綾子さんの夫は画家の晴さん、息子には檀さんがいて、孫には彩さんがいる。
帰りに書店へ立ち寄ると、思いがけず素敵な1冊を見つけた。雑誌『アイデア』の最新号で、一冊まるごと原研哉さんの特集。14,000字におよぶロングインタビューが楽しみ。

クラフト・エヴィング商會

クラフト・エヴィング商會という名の創作ユニットがいる。まるでいにしえの貿易会社のようだが、執筆や、装丁や、グラフィックデザインをご夫婦で手掛けている。
クラフト・エヴィング商會名義の著作は、あまりにノスタルジックでマニアックなので少し取っつきにくいのだが、吉田篤弘さんが書く小説は好んで読む。
彼らのことを知ったきっかけは、友人が薦めてくれた『つむじ風食堂の夜』物語はもちろん、タイトルや装幀、帯の言葉に惹かれた。前日譚ともいうべき『フィンガーボウルの話のつづき』もよい。16の短編が収められているが、まったく別の物語というわけでもなく、すべてが微かにつながっている。そのつなぎとなるのがビートルズの『ホワイトアルバム』。センスがよい。
そういえば村上春樹さんの新作が発売される。『アフターダーク』とは何やら不穏な響き。カバーのグラフィックにも違和感を覚える。直訳すれば闇のあと。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』のような物語になるのだろうか。

潔く暮らす

録画しておいた建物探訪『積層の家』感心したのはクライアント家族の暮らしぶり。図面を見る限り収納はない。階段裏のスペースや、各室の壁スリットに差し込まれた棚。これだけで親子3人分を仕舞えているのだから、いかにものを持っていないかということだろう。
ものを持たない人で思い出すのは、ドイツ文学者の上小沢教授。ボーダーシャツがお似合いだが、お持ちの洋服の数はたしか両手に余ったはず。上小沢教授が暮らす住まいは、広瀬鎌二さんが設計したスチール・ハウス。建築に呼応するように、簡素な暮らしを実践しているとか。

ものはたくさんいらない
身の回りにものを置かない
古いものを身の回りに置いていると人間も古びてくる
広瀬先生いわく、収納の多いやつは頭が悪い
ものからではなく、自分の中からインスピレーションを得る
本当に欲しいものだけを手に入れる
所有する喜びを持たなければいけない
いらないものはとことん捨てるが、車を持つならフェラーリを持て
何かを手に入れるときには少し高いくらいがよい
ケチると必ずしっぺ返しがある
この家はとても楽。小さくて掃除が楽だし、無理がない
欲を捨てなければならない

oguatelier.exblog.jp

上小沢教授の言葉だそうだが、そのまま積層の家に当てはまるだろう。クライアントのファッションや、選び抜かれたインテリア。冷蔵庫は台下に納まる小さなものだが、毎日買い物をするので大きい冷蔵庫はいらない。奥様がリクエストしたそうだ。

まぼろしの愛知万博

来年開催される愛知万博のイタリア館に、目玉として門外不出のブロンズ像が展示されるとニュースが伝えていたが、おかしな話。自然の叡智がテーマなのに、なぜブロンズ像が必要なのか。そうでもしないと人が集まらないのであれば、万博などしなくてよいと思う。
ところで、現在進められている愛知万博の計画は、1996年にはじめて国際博覧会協会へプレゼンテーションを行った内容と異なるそうだ。原研哉さんの『デザインのデザイン』に書かれていた。原さんは、結成当初のチームでアートディレクターを務めていた。
自然の叡智をテーマにするのであれば、森の中に会場を設け、そこで高レベルの環境テクノロジーを実現し、自然とテクノロジーの共存を象徴的に実践する。そして、従来のパビリオン林立型ではない新しい展示を試みる。これが当初の構想だったそうだ。具体的なプランを見ていないが、実現すれば素敵な博覧会になっただろう。それは原さんの仕事からも感じられる。
実現に至らなかったのは、自然がテーマなのに、木を切り倒して施設を作るとは何事かということだろう。でもいったいどれだけの人が、この構想の真意を理解していただろう。木を一本切るだけで、環境破壊だと叫ぶ自然保護者は、おそらく聞く耳を持たなかったのだろう。