サビニャック

このごろ日曜日が恋しくて仕方がない。襟足がどうにも鬱陶しかったので床屋へ行き、帰りにサントリーミュージアムで『サビニャック』展を観た。
日曜日だったので人が多かった。サビニャックはこんなに人気があったっけ?ずいぶん前にここでやっていた『国際笑ポスターSHOW』は空いていたのに。メディアの力はすごい。
毎度おなじみのポスターたちだったが、今度も楽しい気分にさせてくれた。これが彼のポスターの魅力で、いつ見ても何度見ても笑顔がこぼれる。
最後に展示していた大好きなシトロエンのポスター。真っ白なキャンバスにダブルシェブロンの車がVRAOUM~と勢いよく走っている。そして大きく「En avant Citroen!(シトロエン前へ!)」の文字。私も目の前の困難を乗り越えなければ。

絶滅危惧種

映画『四日間の奇蹟』を観に千日前国際シネマへ出かけた。この映画館ははじめてだったが、なんとも素敵な劇場だった。
商店街に面した入口を入ると鑑賞券の自販機があり、その横は受付になっている。受付のカウンターはガラスケースで、中には点々とパンフレットやお菓子が置いてある。もぎりのおじさんはスポーツ新聞を読みながらタバコをふかし、商売っ気がまるでない。
劇場へ行くには中庭を通っていくのだが、お世辞にも美しいとは言えないし、そう広くもない。見上げるとビルに囲まれている。でも表通りの喧騒とは無縁の穏やかな世界。
劇場へ入ろうと扉を開けたが、この扉が薄くてペラペラ。防音性能など関係ない。扉を開けて中へ入るとため息がこぼれた。むかしながらの演芸場、あるいは聖堂といったところか。真ん中に床が水平な客席があり、2段上がった両袖は列柱に囲われた天井の低い廊になっている。天井が低いのは上にも客席があるからで、それはさながら大劇場のバルコニー席のよう。廊には等間隔に並んだ避難口が設けられていて、扉を開ければ先ほどの庭へつながる。
こんな設えをいまのシネコンにできるだろうか。ノスタルジーなどと薄っぺらなものでもない。映画を観る醍醐味を味わうにふさわしい劇場の姿だと思う。

難関突破

まいった。いやまいった。どうしてもうまくいかない。
いま携わっている建築には防災評定が必要なのだが、避難計画がうまくいかず、計算結果がどうしてもOUTになる。テナントありきなのでプラン調整は難しく、一筋縄ではいかない。
専門的なので助けを求める同業知人はいない。だからだめもとで計算ソフトの会社に助けを求めたところ、相談に乗ってくれるというのですぐに訪ねた。担当の方は防災評定に長けていて、ソフト開発者のひとりだという。プランや計算書を見てすぐに、「通常の方法ではだめですね。考え方を変えれば満足するかも」少し試してもらったところOKとなった。2ヶ月も格闘してきたが、これでようやく前へ進める。本当によかった。
打ち合わせの帰り書店へ寄ると、芸術新潮がサビニャック特集を組んでいたので購入した。
現在サントリーミュージアムで開催中のサビニャック展。まだ日があるので先送りにしていたが、肩の荷がひとつ降りたので観に行こう。彼のポスターを観れば笑顔になれる。

人類と建築の歴史

著者は縄文人と呼ばれている。職業は建築史家。建築の歴史を研究しているが、他の歴史家が近代以降の建築に興味を持っているのに対し、彼は近代以前はおろか、人類が誕生した時代にまで遡り、情熱を注いでいる。
歴史家でありながら設計に目覚め、いくつかの風変わりな建築をつくっている。たとえば自邸では壁や屋根にタンポポを植えたり、友人である赤瀬川原平邸の屋根にはニラを植えたり。明らかに現代の建築とは一線を画している。近代建築の呪縛から逃れられない建築家たちのあいだを、じつに飄々と駆け抜けている。
そんな方なので、本書もページの8割を産業革命以前、つまり旧石器から青銅器時代に割かれていて、そこから現代まではたった30ページで要約するという荒業。これについてはあとがきで自ら破天荒だと漏らしているが、その破天荒ぶりが彼の持ち味で、ダイナミックな仮説を打ちたてグイグイ引っ張る筆力はさすが。

この本は新書だが、新書を買うことはあまりない。単行本や文庫本に比べて人気がないのか、小さな書店では置いておらず、大きな書店でも比較的隅のほうに追いやられている。カバーは旧態依然として地味で、すべて同じ意匠なので見分けがつかない。
新書のはじまりは岩波新書だそうだ。昔からある文庫判に対し、教養に特化してつくった判だとか。だから装丁はどうでもよかったのだろう。でもそれが人気のなさにつながった。読み手を遠ざけてしまった。ようやくそれに気付いたのか、いま新書が変わっている。どの出版社も装丁に力を入れている。集英社新書は原研哉さんが手がけ、このちくまプリマー新書はクラフト・エヴィング商會が手がけている。どちらも節度があり、でも決して地味ではない。
他の出版社も装丁を新しくしているが、理解に苦しむのが講談社現代新書。白い画面の中央に四角のみ。目を引くだけの意匠で、それが狙いなのだろうが。

イッセーさん

友人に誘われイッセー尾形さんの一人芝居を観た。
イッセーさんにはずっと興味があった。同じスタイルを踏襲しているのに人気がある。長生きの秘密を見てみたいと思っていた。でも進んで足を運ぶことをためらった。むかしテレビでちらっと彼の一人芝居を見たときに、あまり楽しめなかったからだ。
だから実際に芝居がはじまるまで不安だった。笑えるだろうか。楽しめるだろうか。芝居を見るのはこれがはじめてだった。でもはじまってすぐにそんな不安は吹き飛んだ。笑った。久しぶりに腹の底から笑った。そして理解した。彼の芝居はライブで見ないといけない。セリフのおかしさはテレビでも伝わるが、空気や間はその場にいなければ伝わらない。
終了後に入口でサイン会をしていた。気さくな方だなあと思って近づくと、化粧を落としたイッセーさんはやたら男前。どうりで女性に人気があるわけだ。

感動しい

このごろはエッセイばかり読んでいたが、久しぶりに小説を読みたくなった。それでいろいろ探して『四日間の奇蹟』にした。GWかけてゆっくり読もうと考えていた。休み前は忙しく、心身ともに疲弊していたし、噛みしめながら読みたかった。でもさっき読み終えてしまった。250ページくらい残っていたはずなのに。やれやれ。
悲劇の幕が切って落とされてから、ページを繰る手が止まらなかった。そしてやはり泣いてしまった。大粒の涙がポタポタと落ち、ついでに鼻水も垂れた。
それなのにこの作品はいろんなところで非難を浴びている。オリジナリティがまるでなく、既出のモチーフの寄せ集めだと。たしかにそうかもしれないが、根が単純だから感動してしまう。運命に翻弄されながらも、懸命に生きようとする人々の祈りに心が震えた。
ぜひ読んでほしいと思うが、公共の場では読んではいけない。きっと鼻水が垂れるだろうから。