ピナとケースマイケル

はじめて購入したパリ・オペラ座バレエの映像ソフトは、クラシックバレエでなくコンテンポラリーダンス。ピナ・バウシュが1975年に創作した『Orpheus und Eurydike』、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルが2001年に創作した『Rain』、それともう1本の3本を収録。『Rain』単品だけのつもりだったが、ピナの作品も見つけたので、セットになっていたこちらにした。
『Rain』に興味を覚えたのは、スティーヴ・ライヒの『Music for 18 Musicians』が使われていたから。紹介映像では苦手な種類のダンスかと思ったが、通して観るとそんなことはなかった。生演奏に興奮し、美術、照明、衣装が一体となった演出に見入ってしまった。雨粒となったダンサーたちが、流れ、滴り、跳ね、混じりあった。照明の変化は四季の移ろいだろうか、照らされた衣装の色合いも変化して魅了された。最後の簾の演出も感心した。
レオノール・ボラックさんが印象的だった。うまいなあと思ったが、それもそのはずで現在はエトワールだそうだ。くせ毛だろうか、ウェイブのかかった長い髪は亜麻色で、美人ではないが愛くるしい顔をしている。本作の衣装はドリス・ヴァン・ノッテンだそうだが、レオノールさんだけ一度も着替えなかったのはなぜなんだろう。他のダンサーは2,3度着替えていて、最後の赤紫色の衣装はとてもきれいだった。レオノールさんにも似合っただろうに。
『Orpheus und Eurydike』もすばらしかった。この世のものとは思えないと称賛されたそうだが、本当にその通りだった。映画『Pina』ではじめて目にした『春の祭典』が甦った。『春のきざしと乙女たちの踊り』に度肝を抜かれ、圧倒されたことを思い出した。
幕が引かれて目に飛び込んだのは、とても高い脚の椅子に座るユーリディス。床まで垂れた白い衣を纏う姿は彫像のよう。群舞する黒衣装の精霊たちの振り付けにもワクワクした。
第2幕に登場する、ブッチャーが着けるような前掛け姿の3人は裁定者だろうか。第4幕にも登場し、オルフェに裁きを与えていたように見えた。白い衣装のダンサーたちは生前の業だろうか。
第3幕の群舞にもため息こぼれた。ピンクの衣装を着けた精霊たちの舞い。オルフェの数学的な振り付けにハッとした。『精霊の踊り』はフルートでなく木管だろうか。響きが柔らかかった。
ダンサーは歌うことができないいので、主人公の二人とアムールには歌手がついていたが、彼女たちは美しい歌声を聴かせるだけでなく、ささやかながら演技もしていた。修道女のような黒い衣装を着け、主人公が絶命して床に倒れれば、同じように倒れて身を重ねていた。
オペラとは異なり主人公の二人は絶命するのだが、終幕へ向かう演出もよかった。冒頭ユーリディスに捧げられた群舞が二人に捧げられ、ひとしきり舞うと整列し、舞台の奥をゆっくり進みながら袖へ消えていった。照明は当てずに黒の濃淡だけで窺わせるようにして。
カーテンコールの最後にピナが登場して驚いたが、本公演は2008年だそうで、彼女はその翌年に他界した。首を傾げて控えめに微笑む姿に、目頭が熱くなってしまった。