吉野山

吉野山を訪れた。琵琶湖疏水の桜に心打たれ、有名な吉野山の桜を見たくなった。琵琶湖疏水を歩いたときにシューズが壊れたが、ソールがないまま帰るのはむなしかったので、京都で新しいトレッキングシューズを購入。そのシューズの履き下ろしもしたかった。
家の周りはほとんど葉桜だったが、吉野山は場所によっては開花が遅いようだし、吉野町の開花情報も満開となっていたので出かけた。でも満開だったのは奥千本くらいで、他のエリアはピンクよりも緑のほうが目立っていた。風が吹いていたので早く散ってしまったのかもしれない。でも、とどまることなくはらはらと舞う花びらはとてもきれいだった。
吉野までは特急「さくらライナー」で移動。比較的新しい車両だと思っていたが、30年前から走っているとか。リニューアルしたというシートが華やかで素敵。ファブリックは桜花文様。吉野線に乗るのははじめてだったが、橿原神宮から先が単線だと知らなかった。南海高野線には及ばないが、山あいを走るのでカーブや勾配がままあり、山岳鉄道に乗っている心地がした。

吉野神宮。吉野はここからスタートするものだと思っていたが、吉野神宮駅で降りたのは2、3人。境内はひっそりしていたが、おかげでゆっくりお参りすることができた。
少し歩くと駐車場があり、係りのおじさんから「あと15分。がんばれ」と励ましの言葉。ほぼ平坦なので辛くはないが、景色に変化のない舗装道を歩くのは面白くなかった。おじさんの言う通り15分で下千本駐車場に到着。吉野駅へ下る七曲りと呼ばれるところが最初の花見スポットらしいが、下ると登らなければならないのでパス。見ごろも過ぎているようだった。

黒門。この先にある金峯山寺の総門だそうだ。金峰山という山はなく、吉野山から大峰山へ至る峰続きのことをそう呼ぶそうで、むかしは修験道関係の塔頭が多く存在したとか。

金峯山寺の国宝蔵王堂。高さ34m、裳階の辺長36mは、東大寺大仏殿に次ぐ大きさだとか。白鳳時代に役行者が創建したそうで、現在のお堂は1592(天正20)年に建てられたそうだ。
本尊は秘仏金剛蔵王大権現3体で、中尊は高さ7mを超えるとか。ちょうど特別開帳中だったのだが、花供懺法会という行事のために拝めず。1,600円の拝観料に驚いたが、国宝仁王門の大修理勧進のためだそうで、先日奈良で観た金剛力士像は、こちらの仁王門に安置されている。仮囲いに修理概要が掲示されていたが、総事業費20億円、工期10年、完成は2028年だそうだ。

上千本の桜。予習しなかったせいで中千本を過ぎてしまった。どうやら別の道を行くようだ。それにしても、あの光景はどこで見られるのだろう。ニュース映像や紹介画像に必ず映る、山肌をピンクに染めた光景。満開を過ぎたとはいえ、その場所に立てばわかると思うが、一向に出くわさない。ニュース映像のようにヘリからしか見られないのだろうか。

吉野水分神社。延喜式内社。遠目にすばらしい場所に違いないと思ったが、石段を登り楼門をくぐると、思わず立ちつくしてしまった。右手に少し高くなった三殿一棟造りの本殿、左手に本殿を仰ぎ見る拝殿。庭を中心とした廻廊形式ははじめて。金峯山寺蔵王堂にも驚いたが、桜を見に来たのにこれほどすばらしい建築に会えるとは。枝垂れ桜もとても美しかった。
本殿には国宝玉依姫命坐像が安置されているそうだ。ネットに画像があるが、えくぼのある美しいお顔。それにしても、なぜこのお社に安置されているのだろう。由緒沿革では触れていなかった。子である神武天皇は吉野に縁があるそうだが、母もそうだったのだろうか。

奥千本の金峰神社も延喜式内社だそうだが、由緒沿革は詳しくないようだった。

西行庵。西行法師はこの小さな庵で3年間暮らしたそうだ。師と仰いだ芭蕉も訪れたとか。ネットで見る画像では、屋根がビニルシートで覆われていたが、ちゃんとこけら葺きされていた。
吉野神宮駅からここまでの距離は8.5km、標高差は650mだそうだ。勾配は一定ではなく緩急あり、なまくらな体には堪える道のりだったが、金峰神社からここまでが最も辛かった。

なぜこんなに剥げているのか。ここに限らずいたるところが剥げていた。いつ伐木されたのか知らないが、残された部分はカラカラだった。もしかして、このせいで期待していた景色を見ることができないのか。若木が植えられていたが、立派になるまで何年かかるのだろう。

金峰神社手前のエリアが最も桜を満喫できた。沿道の高いところを歩き桜を間近で見たが、先の鳥居のところで係員に注意を受けた。立ち入ってはいけなかったようだ。
くたくたに疲れたので、帰りはロープウェイ経由で吉野駅へ。ロープウェイは1929(昭和4)年開業で日本最古だそうだ。乗車時間は3分、距離は350mしかないが、当初の申請では21km先の大峯山へ達する計画だったとか。日本最長のドラゴンドラで5.5kmなので、その4倍もの距離はさすがに夢物語だったか。でもせめて奥千本まではつくってほしかった。そうすればマイカーは通行禁止にできる。気持ちよく歩いているのに、車が通るたび道をあけるのは興ざめだった。
帰りは出発間際の急行に飛び乗ったが、席は空いておらず、橿原神宮まで1時間立ちっぱなし。普段なら何でもなかったが、この時はとても辛かった。あとの特急を待てばよかった。