地味の中にある滋味

ようやく読み終えた『居心地のよさを追い求めて-建築家・永田昌民の軌跡』。文字が小さいので萎えてしまい、なかなかページが進まなかった。
永田さんを知ったのは鬼籍に入られたあとだった。雑誌『住む』に連載中だった大橋歩さんの日記に名前があった。大橋さんが6件も普請していることに驚いたが、そのすべてをまかされた永田さんとはどのような方か。どのような設計をされるのか気になった。それで雑誌『住宅建築』の別冊や『大きな暮らしができる小さな家』を買い求めたが、2件のご自宅を含めどの家も魅力的だった。外見は普通なのに中身はモダンで、あまり接したことのないスタイルだった。
永田さんはあまり語らない方だったそうで、膨大な手稿は「舞台裏は見せないものだよ」と言って拒み、設計プロセスは「そんなの忘れちゃったよ」と言ってはぐらかしたそうだ。だから本書は施主や工務店に振り返ってもらうことにしたそうだ。加えて、堀部安嗣さん、趙海光さん、倉田俊輔さん、三澤文子さん、横内敏人さん、田瀬理夫さんらが訪ね、想いを述べている。
永田さんの住宅は普通すぎて、表現が難しいと堀部さんは書いているが、他の方も含め実直に想いを述べている。ただ倉田さんの文章は読みづらく、うまく頭に入らなかった。永田さんの住宅を神話的と表現していて、それはどうなのだろうと苦笑した。
永田さんの住宅で好きな部分はたくさんあるが、その一つが植栽に気を配られていたことだろう。若いころは関心がなかったそうだが、奥様の趣味だった園芸に触れたことで、緑がもたらす恩恵を知ったそうだ。2件目のご自宅は旗竿敷地だが、竿の部分に植えられた様々な植物は、竣工から20年近くが経ち生い茂るまでに育った。隣家に迷惑がかかるからと剪定するが、切らないでほしいとお願いされるとか。『居心地のよさ』とは曖昧で抽象的なことと考えていたそうだが、ご自宅で緑に接してきたことで、それは具体的なことなのだと思い知ったそうだ。
記事のタイトルは堀部さんと横内さんの対談での言葉。永田さんの設計する住宅は地味だが、日本の風土や文化に根差した滋味があり、永田さんの生き方もまた滋味に富んでいたそうだ。