日々の暮らしがたとえつまらなくても、その日の出来事や思ったことは、記憶の片隅に残るもの。でもこの小説の主人公はそういうわけにはいかない。
小川洋子著『博士の愛した数式』事故のせいで記憶が80分しか持たなくなった初老の数学者と、彼の世話をする家政婦、彼女のひとり息子・ルートの物語。
感動を覚えたり、心が温かくなる小説はたくさんあるが、それに加えて綴られる言葉が美しい。博士の口から度々発せられる数式が、ほんとうは難解であるはずなのに、この物語の中ではとても心地よく響いてくる。著者のセンスと力量に感服した。
この小説は昨年全国の書店員が推薦する本屋大賞を受賞し、さらに映画化が決まったそうだ。大好きな『阿弥陀堂だより』の小泉堯史監督がメガホンを取り、博士に寺尾聡、家政婦に深津絵里、大人になったルートを吉岡秀隆が演じるそうだ。