春日大社にて杉本博司さんの展覧会『特別展 春日若宮式年造替奉祝 杉本博司―春日神霊の御生(みあれ) 御蓋山そして江之浦』を観賞。関連イベント『杉本博司と春日神霊の美術・奇譚』も拝聴することができた。ファックスで申し込んだ後、当落通知はどうするのだろうと思っていたので、葉書が届いたときは嬉しかった。料金後納のスタンプは中門のイラスト。
大宮と若宮を参拝すると、若宮の前に建つ細殿(ほそどの)・神楽殿に作品が展示されていた。細殿には海景『日本海、隠岐』。若宮は水の神様だからだろうか。
神楽殿には新作『甘橘山(かんきつざん)春日社遠望図屏風』。「屏風の中の春日の神様が、若宮を見て喜んでおられるようだ」とは花山院弘匡(かさんのいんひろただ)宮司。
満足のいく解像度へ到達したとのことで、屏風仕立ての作品はデジタルカメラで撮影されているそうだが、「デジタルならではの恩恵を享受している」と杉本さん。そのひとつが写ってほしくない部分を消すことだろう。この写真では携帯電話の電波塔を消してあるそうだ。
展覧会場は春日大社国宝殿。入口には小田原文化財団の門幕。金沢文庫より収まりがよい。
エントランス。右の石組は、春日山にある鳴雷神社で発見されたピースを石塔に仕立てたものだそうだ。常設展示室『神垣』はパスして鼉太鼓(だだいこ)ホールへ入ろうとすると、「『神垣』にも杉本さんの作品を展示しています」と受付の方。ありがとうございます。
暗がりの通路の先にぼんやりと一条の光。『那智瀧図』だった。まさしく神霊の御生。
新作『春日大宮暁図屏風』。開幕2日前に完成したそうだ。背の高い園芸用の三脚を使用し、中門と同じ高さから撮影しているそうで、初めて見るアングルが新鮮。
本殿は目にしてはならないが、気配だけでもと千木が写るようにしたそうだ。杉本さん曰く、千木は神霊と交信するためのアンテナのようなもの。うまいことおっしゃる。
中門の雨樋が写っていない。近世にはなかったので、消すことで当時を再現したとのこと。
新作『春日大社藤棚図屏風』。チラシをはじめて見た時は驚いた。藤の花が浮遊している。
実は撮影予定になかったそうだ。3月末の明け方に『春日大宮暁図屏風』の撮影を行った際、ふと見た『砂ずりの藤』にご神託が下っているように感じたそうだ。開門時間まで30分しかなかったが、テントや説明札などを急いで片づけてもらい、撮影にこぎつけたのだとか。
こちらも三脚を使用したそうだが、俯瞰した藤の花がまるで雲塊のようだった。白鹿に乗り常陸国一之宮からやってきた武甕槌命(タケミカヅチノミコト)を想像し、極楽浄土へ導くために来迎した阿弥陀如来を想像した。あるいはUFOがこの中に潜んでいるとか。
横長の画像は上下をトリミングしているのではなく、数枚撮影した画像を切り貼りしているそうだ。刻々と変わる光に合わせ、シャッターを押すたび露出を変えているとか。
屏風の裏側には唐紙が貼ってあるそうで、文様は杉本さんの図案による藤の花だそうだ。ここで見ることはできないが、図録の袖に印刷されている。雲母摺(きらずり)のような仕上がり。
実は屏風の前に「結界」があるのだが、杉本さんに倣い消してしまった。ごめんなさい。
鼉太鼓ホールには13基の光学硝子五輪塔。初めて観たのは猪熊弦一郎現代美術館だったか。その後は京セラ美術館、金沢文庫、円教寺でも観た。今や出塁率の最も高い作品ではないか。
でもここの五輪塔は格別だった。水輪に鼉太鼓が映り込んでいる。
2階の大小展示室では、杉本さん蒐集の春日美術や春日大社宝物に加え、藤田美術館、常実坊、興福寺、金沢文庫、名古屋市博物館の収蔵品と、個人蔵の品が展示されていた。
杉本さんの蒐集品に目新しいものはなかったが、他は初めて観るものが多く、国宝の『本宮御料古神宝類』や重文の『古神宝銅鏡類』は、ガラスにへばりつき鑑賞した。
壁面展示ケースの畳敷きが素敵だった。金沢文庫や姫路でも敷いていたが、こちらは展示品の配置や間隔、照明の具合もよかったのだろうか、強く印象に残った。杉本さんも展示についてご満悦のようだ。古美術展示のひとつの完成形とまでおっしゃっている。
春日荷(にない)茶屋でぜんざいをいただきイベント会場へ。100人ほど入っていただろうか。中央最前列に千宗屋さんが座っていたのでニヤニヤした。本当にいつも一緒なのだ。
イベントは二部構成。春日大社国宝殿主任学芸員の松村さんと、金沢文庫主任学芸員の瀬谷さんが展示作品の解説を行い、その後杉本さん、花山院宮司、瀬谷さんの鼎談が行われた。杉本さんの口が達者なことは周知の事実だが、花山院宮司もとても滑らかな舌をお持ちだった。
江之浦測候所へ春日社を勧請したエピソードが興味深かった。広大な土地なので鎮守の杜が必要。春日美術が集まるのは春日明神のお導きだろう。江之浦は武甕槌命が常陸から大和へ飛来した直線上にあるので、きっとここで休憩されただろう。春日大社へ手紙を送ったが一蹴された。河瀨直美さんが杉本さんと花山院宮司を引き合わせた。春日社には専任の神主が常駐し、すべからく月次祭など神事が執り行われている。近々現代パフォーマンスを奉納する予定。
鼎談で話されていた『春日寂び』を確認しようと再入場すると、鼉太鼓ホールにも展示室にも大勢のお客さん。松村さんはいつもと異なる展示に心配されていたそうだが、思った以上のお客さんの数に驚いているご様子。関東から来られた方がいたと喜ばれていた。
宮司が杉本さんは春日大社の御師だとおっしゃっていたが、杉本ファンは彼の作品や蒐集品だけでなく人柄が大好き。だから展覧会が開催されればどこへだって駆けつける。