禍福はあざなえる縄の如し

映画『すばらしき世界』。全体に亘りよかったが、主人公の末路は解せなかった。
なぜあのような幕引きにしたのだろう。原作のラストシーンは、主人公の新章へ向かう清々しさが描かれていて、役所広司さんと六角精児さんの掛け合いを楽しみにしていたのに。
メインビジュアルに書いてある。「この世界は生きづらく、あたたかい」と。身元引受人とその妻、ケースワーカー、スーパーの店長、TVディレクターは、主人公を叱咤激励し、親身になって支えた。とくにTVディレクターは奔走した。背中を流すシーンは胸が詰まった。そのあと主人公は、自分を押し殺し、社会に適合しようと懸命に努力したではないか。
それともあの末路は、広い空を背景に現れるタイトルへの導引のためだったのか。パンフレットに特記されるほど印象的だったカーテンを見せるためだったのか。監督に限ってそのようなことはないと思うが、もしそうならこの原作を映画化する意味は何だったのだろう。
パンフレットやメインビジュアルには原作に登場しないコスモスが写っている。キーアイテムだろうとは思っていたが、ラストシーンへの布石だった。主人公が握りしめたコスモスを手渡したのは、あの蕎麦屋のケンちゃんではないか。そう思うとやるせなくなり、涙があふれた。
音楽は林正樹さん。外国人のヴォーカル曲はどこに使われるのだろうと思っていたが、あの夜景の空撮はとてもよかった。オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲も、ヴォーカルをつけたアレンジが秀逸だった。むかしよく聴いたanonymassのヴォーカルだった神田智子さんが、母性を感じさせる声でやさしく歌っていた。この曲が流れるのは、主人公が別れた妻と電話で話すシーンだが、ここでも主人公の新しい一歩が描かれていたのに。
本作ははじめて原作のある作品で、いつもの西川節ではなかった。主人公はあのようでも、全編を通して温かい空気に包まれていた。だからハッピーエンドを期待したのだろう。
昼食を挟んで『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』。上映初日ということもありほぼ満席。密を避けるべきなのだが、前作から9年が経ち渇いていた。それに混雑はしばらく続くだろう。
本作は「4.0」ではなく「3.0+1.0」。前作で描き残した部分が「3.0」で、再びヴンダーに搭乗して以降が「1.0」だろうか。それともエヴァのない世界が始まるから「1.0」だろうか。
これまで不可解だった事物の説明はなく、それどころか新しい事物や謎が起きていたが、もはやどうでもよかった。登場人物たちは成熟し、打ち明け、赦し、抱擁した。
終わりよければすべてよし。ラストシーンでは光明が差していた。あそこだけシンジの声が神木隆之介さんに変わっていたと思うが、大人になったシンジを表したのだろうか。
テレビ放送がスタートして25年が経ったが、ようやく幕が下ろされた。心身ともに活力がみなぎっていた青年は、うだつの上がらない腹の出た中年へと様変わりした。