葛西臨海水族園

葛西臨海水族園を訪れたのは20年前。東京で出稼ぎしていた。画像は自撮影。まだフィルムカメラの時代だった。側面のガラス枠が映り込んでいるが、まともな写真はこれしかない。
いまごろになってこの水族園が危機に瀕していることを知った。開業から32年が経ち、建物や設備の老朽、バリアフリー未対応、展示の古さなどを理由に、現在の建物の北側に新しい水族園をつくる方向で進んでいて、現在の建物は移転後に調査を行いあり方を決めるそうだ。
2017年に『葛西臨海水族園のあり方検討会』が設置され、5回の会議を経て2018年に報告書がまとめられたが、結論は施設の更新。そうとは書いていないが、そうせざるを得ないように誘導するようなまとめ方。そこからの動きは早く、2019年には基本構想、2020年には事業計画が策定。PFI-BTO方式で事業者を募り、2026年には開業したい考えのようだが、何をそんなに急いでいるのだろう。まだ使えそうなのに、なぜ更新する必要があるのだろう。舞台の裏に何かが潜んでいるのだろうか。誰かが発破をかけているのだろうか。
そもそも『葛西臨海水族園のあり方検討会』のあり方が不明瞭。キックオフである重要な会合なのに、委員は造園、観光、SDGs、博物、環境、科学の専門家だけで、建築の専門家は皆無。それなのに建物や設備の老朽を訴えている。専門家でないのになぜ断言できるのだろう。
約40ページの報告書と同量の参考資料がついているが、SDGsのページなど必要だろうか。資料は既出を流用しているだけ。そもそもSDGs、SDGsとうるさい。襟にバッジをつけている人たちは、中身を十分に理解しているだろうか。あんなものを掲げなくても、良識があれば凡そのことには気をつけているだろう。何でもかんでもSDGsに紐づけるのでうんざりする。
後述するシンポジウムで、専門家つまり建築士たちは「問題なし」と太鼓判を押している。構造的劣化は見られない。壁足元のコンクリートの破損については、魚が嫌う騒音や振動の起きない工法を都へ進言済みで、実行していないだけ。ろ過装置の交換はしようと思えばできる。交換は数十年に一度なので、その時くらい土を掘ってもよいではないか。役人や従業員が自ら掘るわけではない。交換が展示室に影響を及ぼすというが、休館せずに交換などできるわけはないだろう。作業員のスペースが狭いというが、どんな施設でもそういうもの。お魚優先、お客優先。純粋な研究施設ではないのだから、多少の我慢をしなければ。バリアフリーについては、随契で谷口事務所が設計済み。これも都が実行していないだけ。工期や騒音振動がかせになっているのだろうが、実現不可能ではない。他の懸案も同じ。やらないで文句を言い、安易に施設を更新してしまえば、SDGsやその他諸々に反するのではないのか。
機能性が悪い、展示方法が古いというだけで簡単に捨ててよいのか。32年間に6千万人もの人が訪れているそうだが、もし建物がなくなってしまえば、その6千万人の記憶も失われてしまう。解体を免れたとしても、水族園でなくなるのであれば同じこと。建物のほうも、活力を失うことは容易に想像がつく。用途を変更しづらいので、勝手が悪いと見捨てられるだろう。
水族館は教育やレクリエーションのための施設なのに、PFI-BTO方式などを採用すればレジャーランドと化すだろう。いくら都が道筋をつけても、所有権を有しても、お金を出すのは民間業者だし、運営を行うのも民間業者。集客を重視し、入場料も高騰するだろう。
設計者の谷口吉生さんは、「まだ耐久性がある建築を30年で壊してしまうのは理解できない」と苦言を呈し、日本建築学会や日本建築家協会も保存活用するよう都へ働きかけている。
だから先日『新美の巨人たち』で取り上げられたのだ。そのときはまだ知らなかったので、なぜ今なのだろうと思った。ナレーターの内田有紀さんが、やたら「軌跡の建築」と讃えていたことに違和感を覚えた。めずらしく谷口さんご本人も登場し、「末永く水族館として存続することを願っている」と話していたが、まさに現実のこととして訴えていたのだ。
学会と協会はシンポジウムを行っていて、その様子はYouTubeに公開されている。協会のほうはディスカッションだが、学会のほうは槇文彦さん(92歳!)、仙田満さん、古谷誠章さん、松隈洋さんらが講演を行っていて、古谷さんや松隈さんの講演には感銘を受けた。
松隈さんが最後に取り上げたスマスイ(須磨海浜水族園)の建て替えも知らなかった。こちらは公園を主としたP-PFI方式を採用しているそうだが、民設民営に変わりはなく、神戸市はこの施設を放棄することに決めた。その結果、500円だった小中学生の入場料は1,800円になるそうで、それはもう教育やレクリエーションのための施設ではなくレジャーランド。事業体の名称は『神⼾須磨Parks + Resorts共同事業体』。端から行楽地にするつもりなのだ。
認定事業体の計画概要書が公開されている。事業体の参画者はなじみのある企業ばかりだが、水族館のデザインコンサルの安田アトリエははじめて聞く。コピペして検索するとトップに同名の設計事務所。プロフィールを見ると安田幸一さんの事務所だった。この方は葛西の件で奔走されているようで、その後の委員会に建築の専門家として選ばれている。シンポジウムでは司会をされ、発言を聞く限り反対の立場。それなのに須磨では賛成側に立っている。状況に応じて立ち位置を変えるのだろうか。建物の重要度で選別しているのだろうか。でもまだわからない。設計建設でなく運営管理の欄に記名されているので、同名の別会社なのかもしれない。
最後に関係ないことだがどうしても。これを書くにあたり開示文書をいくつか読んだが、日付が西暦、和暦とバラバラ。令和に変わって脳があきらめたのか、変換がすぐにできなくなった。和暦がなくなることはないだろうから、せめて併記を慣習してくれないだろうか。