小説でも映画でも、登場人物が建築設計を生業とするフィクションは、往々にして華やかな部分がクローズアップされてどうにも白ける。だからこの作品も読むことをためらった。おまけに帯にはタウトの椅子。一般になじみのないブルーノ・タウトが登場するなど、奇をてらっているのではと訝しんだが、著者は『半落ち』『クライマーズ・ハイ』『64』の横山秀夫さん。小説は読んでいないが映画はどれも心を打つものなので、読んでみようと思った。
400ページあるので数日かけてと思ったが、読みはじめてすぐに引き込まれ、ページを繰る手が止まらない。夜ふかしして一息に読んだ。感情と涙と鼻水が溢れた。
泣けたのは物語に対してだけではない。仕事に対する主人公のやるせなさやためらいが、ある部分で自分に重なった。建築家ではなく建築士。陽の当たらないところでくすぶっている。
そんな主人公を別れた妻は気にかけ、渡りに船の申し出を利用してある計画を企てる。その結果が主人公にひとすじの光をもたらし、その光がタウトへとつながる。
プロットはいくつも用意されているが、それより主人公の心に巻き起こる感情がほとばしっていた。だからページを繰る手が止まらなかった。