掲げて 転んで

YouTubeでオフコース『思いのままに』のドラムカヴァーを観ると、おすすめ欄に見覚えのあるサムネイル。くるりと小田さんが並んで歌っている。くるり主催の『京都音楽博覧会 2007』で、くるりと小田さんが『ばらの花』を共演しているときの一コマ。このライブテイクはくるり『さよならリグレット』に収録されていて、YouTubeのコンテンツはその音源だった。
久しぶりに聴いたが、出だしから涙が溢れて止まらなかった。驚いた。繰り返し何度も聴いているが、泣いたことは一度もない。なぜだろう。コロナで鬱々としているせいだろうか。
でもこのライブテイクは、はじめて聴いたときからたしかに涙腺を刺激した。感じ入る要素がいくつもある。小田さんの歌声、岸田さんの歌声、二人のハーモニー、雨の気配、観客の拍手やざわめき、小田さんのコーラスワーク、佐橋さんのエレキギター。
小田さんのコーラスワークは、キーの高低を歌い分けるだけでなく、詞を間引いたり、別の部分の詞を当てたりする。自在コーラスと勝手に呼んでいるが、むかし矢井田瞳さんと共演した『恋バス』を聴いたときに、こんなコーラスもあるのだと感心した。
佐橋さんのギターソロからのラストパートは感情があふれる。二人の見事なハーモニーと佐橋さんの冴えわたるギター。最後の自在コーラスはこのテイクのクライマックス。
この記事のタイトルは自在コーラスの中で一番好きな部分。小田さんの歌い方がいい。

e-Tax

税務署から封書が届いた。令和2年分の確定申告からは、電子申告(e-Tax)をしなければ65万円の控除が受けられないそうだ。またいらぬことをとムッとしたが、ペーパー申告との差額10万円は大きいので、やむを得ず電子申告をすることに決めた。
手順を理解しておこうとe-TaxのWEBサイトを訪れたが、どうしたらこんなにややこしいことになるのだろうとため息。『公的個人認証サービス利用者クライアントソフト』や『作成コーナー事前準備セットアップ』をインストールせよというが、得体の知れないものはインストールしたくないのに。仕方なくインストールすると、完了画面に移行せずフリーズ。だから嫌なのだ。強制再起動し、設定⇒アプリを確認するとインストールされている。だから嫌なのだ。『確定申告書等作成コーナー』のWEBページでも準備完了と表示されている。申告の準備ができていないのでこれ以上は進めないが、果たしてうまくいくのだろうか。
経理は弥生のソフトを利用しているが、令和2年分の確定申告に対応しているというので、この際6年前に導入したVer.15から最新版のVer.21へ買い直した。申告のところを見るとe-Taxボタンがあるので、これを押せばe-Taxへつながり自動で申告してくれるのだろう。
でもこの便利な機能は完全ではないようだ。社会保険料の控除はこれまで通り証明書類を税務署へ届けなければならないそうだ。『確定申告書等作成コーナー』を利用して申告する場合は、証明書の内容を転記したり画像を添付したりすれば、証明書類の届出は省略できるらしい。
弥生へ問い合わせると、開発が追いついていないとのこと。大手メーカーがこれなので、やはりお上のシステムがややこしいのではないのか。手間を省くためやペーパーレス化のための電子申告だろうに。こんなことならソフトを買い直さなければよかった。

おじさんの整髪料の匂い

顔がカサカサするのでローションを買いに行った。近くの薬局なのでNIVEA MENくらいしか置いていなかったが、なんでもよかったのでそれにした。帰ってさっそく使おうとしたが、キャップを開けてムッとした。いわゆるおじさんの整髪料の匂い。すぐにゴミ箱へ捨てた。
前の記事で鼻の症状について書いたが、嗅覚もずいぶん前から正常でない。むかし映画館で前の人が飲んでいたメロンソーダの匂いに気分が悪くなり、トイレへ駆け込み吐いてしまった。それ以来匂いや香りに過敏になったようで、今ではデパートのコスメフロアを歩けない。
そんな鼻なのでおじさんの整髪料の匂いは受け入れられない。というよりいまだにあの匂いが存在していることに驚いた。NIVEA MENは新しいブランドだし、NIVEAのイメージとはかけ離れていると思うが、男性用スキンケアだからというだけであの匂いなのだろうか。ならば旧態依然も甚だしいと思うが、人口ピラミッドを考えれば需要はあるということなのだろうか。
購入したのは『スキンコンディショナーバーム』。バームは香油という意味だそうで、レモンバームや外国製のコスメでもよく見る。格好よいと思ったのかもしれないが、素直にローションなどにしたほうが、流行に疎いおじさんにはやさしいと思う。
急場しのぎだったので簡単に考えてしまったが、こんなことなら対面の棚にあったCurélにすればよかった。Curélは無香料だと知っているし、敏感肌用なので成分に間違いはないだろう。

鼻と断熱

寒い季節は鼻の調子が悪い。軽い慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎のせいだが、数年前からそれまでと違う症状に悩まされている。鼻の通りが悪くなることに変わりはないが、鼻水などではなくかさぶたができて通りが悪い。鼻の穴が小さくなるので呼吸しづらいし、無理に呼吸しようとすれば鼻息が不快な音をたてるので寝つきが悪い。昨夜は3時まで寝つけなかった。
今日は歯医者の日だったので、その足で耳鼻科へ行こうとしたが、水曜日だということを忘れていた。でも今日行かなければ後回しになると、電車で数駅先にある耳鼻科を受診した。
炎症しているということだったが、なぜかさぶたができるのだろう。先生に尋ねると、「部屋が乾燥していませんか?」とのこと。鼻乾燥(ドライノーズ)というそうだが、鼻の粘膜が乾燥すると、皮がむけてかさぶたができたり出血するそうで、まさにこの症状だった。
部屋の乾湿には無頓着で、湿度計も置いていないので答えられなかったが、帰りの車中でハッとした。5年前にマンションのサッシが断熱改修されたのだった。築40年の古マンションなので、ガラスはペラペラで熱橋対策もされていなかった。断熱改修といっても、ペアガラスになっただけでアルミサッシは変わらないが、寒さはずいぶん和らいだ。それで改修前と変わらず電気ストーブにへばりついているものだから、周囲の湿度が低下していたのだろうか。
思えば症状が出はじめたのは改修したころからではなかったか。原因はこれかもしれない。

斎宮

密を避けるために本日伊勢参り。朝一番の特急に乗ったおかげもあり、外宮内宮とも空いていて安堵した。午後に斎宮を見てまわるので、久しぶりに倭姫宮にも寄ってごあいさつ。
いつか地図を眺めていて斎宮駅を見つけた。駅名になるくらいなので何か謂れがあるのだろう。調べてみて驚いた。斎宮とは天皇の代わりに天照大神にお仕えする皇女(斎王)が暮らしたところで、発掘調査の結果駅の周囲に斎宮があったのだそうだ。この制度は崇神天皇の時代から660年にも亘り、歴代60名以上の斎王がいらっしゃったとか。倭姫命は御巡幸をして皇大神宮の場所を定めた方だが、二代目の斎王でもあったと知り俄然興味を覚えた。

伊勢市駅から各停に乗り明星駅で下車。彼方まで広がる田畑のなかを、横目に遠く鈴鹿山脈を望みながら歩いた。夏は稲穂の緑が美しいだろうが、冬の田畑は少しも癒してくれない。寒風吹きすさぶなかをひたすら歩き、50分ほどで伊勢湾の湾口部にある大淀に着いた。大淀は斎宮にゆかりのある場所であるとともに、倭姫命が御巡幸で立ち寄ったとされている場所。

倭姫命が定めたという『竹大與杼(おおよど)神社』を参拝したあと、港へ出て『斎王尾野湊御禊場跡』へ。案内がなければ通り過ぎてしまうような奥まった場所に、石碑がポツンと立っていた。斎王が神嘗祭に奉仕する際、この場所で禊を行って身を清めたそうだ。手前の案内板は斎宮が日本遺産に選ばれた記念に設置されたようで、QRコード+スマホアプリの仕掛けもあった。
同じ通りにある斎王悲恋の場所という『業平松』を見たあと、『竹佐々夫江神社』を参拝。

大淀へ向かうとき彼方に見えていた建物。周囲と脈略なく異様に見えたが、近づくと避難施設だった。古くないので東日本大震災後に建てられたのだろうか。南海トラフ地震の津波を想定しているのだろう、海抜8.7mの高さに印がしてあったが、あんな高さまで波が来るのかと想像したら怖くなった。どうか使われませんようにと願い、次の場所へ向かった。

倭姫命が御巡幸の途中、天照大神の御神体を一時的にお祀りした場所を元伊勢というそうだが、この『佐々夫江行宮跡』もそのひとつとされているそうだ。注連縄が張られた内に小さな石碑と一本の樹があるだけだったが、かえって想像を掻き立てられ、しばらくその場に佇んだ。
すぐ先の笹笛川を渡った先に『カケチカラ発祥の地』。懸税とは初稲を束にして神様に供えたものだそうだが、名称がピンとこない。発祥とは物事が起こり現れることなので、そもそも稲穂をもたらした真名鶴が主人公ではないのだろうか。真名鶴伝説の地のほうがしっくりすると思う。

次は『隆子女王墓』。斎王は天皇崩御や身内の不幸などがあると交代したそうだが、隆子女王は斎宮で亡くなったので都へ帰れず、この地に祀られているそうだ。宮内庁管轄なのできちんとつくられ手入れもされていた。ちなみに陵墓によく見られる門扉の×型は好みの意匠。
そして楽しみにしていた『斎宮歴史博物館』。昨年荒瀧宮を訪れたときに斎宮行きを思いついたのだが、改修工事をしていて閉館中だったので、工事が終わる年明けまで待っていた。
展示は想像より小さかったが、大画面で鑑賞できる映像2本は見ごたえがあった。『斎宮群行』はドラマ仕立ての実写がよくできていて、いっそう理解を深めることができた。他には斎宮全体の再現模型や斎王の部屋の原寸模型、斎王の食事などが興味深かった。出土品は器だけでなく羊や鳥の形をした硯なども展示されていて、ほとんどが重要文化財に指定されていた。
施設のほうも手が込んでいて、天井や壁のボーダー部分に貝が埋め込まれていた。受付の方へ尋ねると、伊勢湾で獲れるアコヤ貝だそうで、新高輪プリンスホテル・飛天の天井技術が使われているとかいないとか。バブル期の建物なので贅沢していますよねと笑っておられた。

博物館の南にある雑木林には『竹神社跡』の立て札。現在斎宮駅の東にある『竹神社』がもともと鎮座していたそうだ。石碑に式内とあるので延喜式に記録されていたのだろうか。
現在の竹神社のある場所は、神社ができるまでは野々宮と呼ばれていたそうで、斎王の宮殿があったのではないかという。たしかに斎宮全体の真ん中あたりに位置しているし、線路を挟んだ場所からは大型の柵列が発見されたそうだ。神社跡の付近も禊を行ったとされる祓川が流れているし、最初の斎宮(飛鳥時代)があった場所のようなので、どちらも神聖な場所、祈りの場所として、古来より守り継がれていたのかもしれない。

斎宮駅の前には縮尺1/10で再現された斎宮。平安時代の斎宮の再現だそうで、発掘調査で判明した東西7区画(840m)、南北4区画(480m)の方格地割全体がつくられていて、一部の区画には建物も作られている。明るく写っているが実際は日没前。次は明るいときにじっくり見たい。

区画は道路で区切られた碁盤の目になっていて、道路の幅が12mもあるそうだ。その一部が再現されて歩けるようになっているが、平城京跡や京都御所を歩いたときの感覚がよみがえった。
左側に建っているのは再現された原寸建物。時間が遅かったのか閉門していて入れなかった。右奥に杜が写る現在の『竹神社』を参拝したところで日没。斎宮駅へ戻り家路に就いた。