松田聖子×大村雅朗

Spotifyで松田聖子さんを聴くとたまに出現していた。ジャケット写真から企画盤だろうと相手にしなかったが、大村雅朗さんが手がけた曲だけで構成されたアルバムだった。
収録は『青い珊瑚礁』から遺作とされる『櫻の園』までの46曲。アルバムは『Citron』までしか知らず、ベストや企画盤も聴かないので、知らない曲がたくさん聴けて得した気分。
音源は新しくデジタルリマスタリングされたそうだが、いつも聴いているハイレゾよりこちらの方がはっきりしている気がする。このアルバムのハイレゾを聴いてみたい。
このようなわけでとても満足のいくアルバムなのだが、『櫻の園』がオリジナルでないところと、『SWEET MEMORIES』を特別に扱っていると思えるところが減点。
『大村雅朗の仕事』と副題がついているので、大村さんが手がけたオリジナルだけを収録し、すべての曲をフラットに扱えばよかったのにと思う。『SWEET MEMORIES』はよく知られているし、聖子さんや大村さんやソニーに格別の思いがあるのかもしれないが、私にそれほどの思いはない。裏面に収録されている『ガラスの林檎』が、聖子さんの曲の中では別格だと思っているので、『SWEET MEMORIES』が取り上げられるとつい鼻息が荒くなってしまう。

美しく散乱する台所

中村好文著『百戦錬磨の台所 Vol. 1』。中村さんのアトリエが手がけた住宅の中から、明月谷の家、つのだ夫妻の家、休寛荘、Hanem Hut、レミングハウスの台所を紹介。
この本のよい点は、①台所でクライアントに料理を作ってもらい、その様子をカメラに納めていること。建築誌などのような写真ではなく、生き生きした台所の情景が伝わってくる。②中村さんとクライアントの対談が楽しそうで、こちらも思わずニンマリしてしまう。③この本のために描き下ろされたという図面がどれも素敵で、しげしげと眺めてしまう。
ほかにも、意中の台所として、ジョンの台所、今井町の勾玉型の竈、ヴェネチア暮らしの台所、Lemm Hutの七輪レンジ、フィリップ・ジョンソンご自慢の台所を紹介。
ジョンの台所とは、映画『ジョンとメリー』(1969)に登場する、ダスティン・ホフマン演じる主人公が住むアパートの台所。むかし中村さんが紹介していて観てみたが、とてもよかったのでDVDまで手に入れた。ジョンのアパートのインテリアが素敵で、中村さんもリビングの低いシェルフがお気に入りだったような。メリーを演じるミア・ファローの可憐さも本作の魅力。
記事のタイトルは中村さんの著書『住宅読本』より引用。”美しく散乱する台所、あるいは多少の散乱くらいでへこたれないおおらかな台所が、私の理想です”。朝日新聞の『折々のことば』にも掲載された。よほど気に入られたのか、この言葉を染め抜いた帆前掛けを誂えたそうだ。

利己

iPhone12には磁石が埋め込まれているが、これが医療機器に影響を与えるかどうか、アメリカの医師が実験したそうだ。除細動器が埋め込まれた方の胸にiPhone12を近づけたところ、除細動器が停止してしまい、離すと再び動きだしたそうだ。
Appleもこのことは承知していて、 医療機器から15cm離すよう、ワイヤレス充電時は30cm離すよう注意喚起しているそうだが、それで済むと考えているのだろうか。除細動器を埋め込んだ方が、うっかりiPhoneを胸ポケットに入れたりすれば、致命となるかもしれないのに。
磁石につけるカードホルダーなどが発売されはじめているようだが、使う人はどれほどいるのだろう。ホルダーを外さなければカードの出し入れができないだろう。ワイヤレス充電も、充電器にケーブルをつながなければならないので、オールワイヤレスになることはない。
いつまでたってもUSB-Cにしないのは、せっかく開発したLightningを捨てたくないのではなく、ワイヤレスにして端子をなくしたいのだろう。ワイヤレスだとPCにバックアップできないので、iCloudやApple Oneを利用するしかない。データが多い人で5GBでは足りない場合、有償で容量を増やさざるを得ないので、Appleは巨利を得る。おそらくはこれが目当てなのだろう。
次のiPhoneはTouch IDが復活するという噂なので期待しているが、磁石がなくならないのであれば更新しないかもしれない。未来永劫なくならないのであれば、いま所有しているiPhoneが壊れれたときはAndroid端末へ乗り換えるかもしれない。そんなことはしたくないが。

快人 藤森照信

藤森照信さんの『建築が人にはたらきかけること』。さるウェブサイトに掲載している藤森さんと小田和正さんの対談でこの本に触れていて、引用部分に興味を覚えたので読んでみた。
映像などで見る藤森さんはポジティブな印象だが、大学時代は鬱屈していたそうだ。引きこもって読書漬けの日々だったそうだが、そのおかげで文学に目覚めた。建築の設計しか教えない教育にも疑問を持っていたので、建築史を学ぶことにしたのだそうだ。
卒業すると村松貞次郎さんのいる東大へ移り、そのまま講師をしながら47歳で近代建築史を書き上げた(『日本の近代建築』岩波新書)。同じころ故郷から相談を受け、自ら設計することになった『神長官守屋資料館』を手掛けたことで、歴史家としての肩の荷が下りたようだ。
歴史家は好き嫌いなく建築を見なければならないが、これからは好きな建築だけ見ればいい。ロマネスクを見終えると、遡って初期キリスト教会を見て、さらに遡りたどり着いたのがスタンディングストーンだったそうだ。建築の起源は太陽信仰を象徴する『高さ』なのではないか。さらに高くするためには幅が必要で、それでピラミッドができたのではないかと。
なるほどと思いながらページを繰る。最終章は藤森さんの真骨頂が発揮。“造形と言語の和は一定”であるとか、“もしかしたら建築を生む力は、神様や言葉のような実用性を超えたところにあるのではないか”とか。他にも面白いことが書いてあるが、長くなるのでこのへんで。最後に、最終ページに自筆で書かれた一文を引用。藤森さんらしい言葉。

部屋は一人の 住宅は家族の 建築は社会の 記憶の器。自力でも誰かに頼んでも お金はかけてもかけなくても 脳を絞り手足を動かして作れば大丈夫。器が消えると個人も家族も社会も記憶もこぼれて消えるでしょう。記憶喪失ご用心。

対談で驚いたのは、藤森さんと小田さんが東北大学の建築学科で同級だったということ。当時のおつきあいのほどは知り得ないが、会話などから親交の深さが垣間見えてうれしかった。
対談場所は、藤森さんが選んだ前川國男さん設計の神奈川県立音楽堂。小田さんの卒業制作に前川イズムを見たからだそうだが、じつは京都会館に影響を受けたと小田さん。計画はホールや宿泊施設を備えた芸術村で、建築が演奏者にどのような作用を与えるかなど、演奏者の視点で設計されているそうだが、すでに音楽活動を行っていた小田さんならではの発想だろう。
この音楽堂には小田さんもご縁があるそうで、幼少のころ童謡コンサートを鑑賞したが、その会場がこの音楽堂ではなかったかと回想。ご自身もオフコースのコンサートを公演したが、客席がワンフロアで、最後列までワンスロープで繋がっているので、一体感が増して盛り上がると言うと、ホールの設計で普通はそのようなことは考えないので、面白い指摘だと藤森さん。
本の帯に書かれた『快人』は、造語かと思ったら中国語だった。快活な人、痛快な人、はきはきした人、さっぱりした人という意味だそうで、どれも藤森さんのことだと感心した。

夢日記

ほぼ日に『夢日記』というコンテンツがある。細野晴臣さんが見た夢を紹介するというものだが、おかしな夢がたくさんあり、さすがは細野さんと感心する。
子細に書けるのはメモを取っているからだろうか。私もおかしな夢を見るたびに、メモを取っておけばよかったと思うことがあるが、そのメモをどうするのかと思いとどまっていた。
昨夜久しぶりにおかしな夢を見た。起きてすぐにメモのことを思い出し、iPhoneのメモアプリに書きつけた。前段があったかもしれないが、覚えているのはこういう場面から。
眠っていた。ぼんやり目を覚まして目の前を伺うと、布団が2組敷いてあり、隣に誰かが寝ていた。寝相が悪いのか、私は隣の布団に手足を侵入してしまっていた。すると隣から小さな声が聞こえた。「また越境して。私を抱くつもりがないのに」。そのうち隣の人は布団から起き上がり、「私を抱くつもりがないのなら、もう一緒にはいられない」と、独り言ちながら布団の周りを歩きはじめた。私も起き上がり隣の人を見ると、その人は芸能人のAさんだった。暗転
大勢の男たちが土間にいて、何やら話し込んでいた。周囲がクリアになった。古びた農家のような建物で、広い土間があり、隣に一段上がった畳の間。その畳の間で寝ていたようだ。Aさんはシクシク泣いて土間にしゃがみ込み、数人の男がAさんを囲んで慰めている。
男の1人が怖い形相で私に近寄り、「Aちゃんは俺たちがここから連れ出す」と言うと、男たちはいっせいに支度をはじめた。男たちはAさんのファンだった。
わけがわからず建物を飛び出ると、夜が明けていた。仕事へ行かなければと建物へ戻ると、Aさんの荷物はすでに運び出されていて、男たちも姿を消していた。畳の間はもぬけの殻だったが、こたつだけポツンと残され、男が2人入っていた。彼らは不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。夜が明けているのに建物の中は暗く、こたつだけが赤くぼんやり灯っていた。
ここで目が覚めたが、網膜にはマトリックス・コード。これが現れるということは、この夢は恐ろしい部類に仕訳されるということ。前半は自分次第で別の展開になったかもしれない。