夢の夢こそあわれなれ

二度目の文楽は『曾根崎心中』。今年は近松門左衛門の300回忌だそうで、観たかった演目がタイミングよくまわってきた。国立劇場や国立文楽劇場では6年ぶりの上演だそうだ。
チケットは今度もイープラスで購入するつもりだったが、よい席が残っていなかったので、国立劇場チケットセンターのウェブサイトから、入会金、年会費が無料の『NTJメンバー』でアカウントを取得。直営だから枠が別だろうと考えたが、その通りよい席が残っていた。お初が瞼を閉じる仕草を確認できるほど舞台に近い席だったが、字幕や床を見る時は首を大きく曲げなければならなかったので、文楽初心者は終始落ち着かなかった。
印象的だったのは、天満屋でお初が心中の決意を徳兵衛に確認する場面。声を出せない徳兵衛は、お初の足に喉を当て意思を伝えるが、打掛から露わになった白い足が官能的だった。
道行の場面では、幕が開けるとすぐに有名な詞章「この世の名残、夜も名残。死にに行く身を例うれば、あだしが原の道の霜。……」が語られた。複数の太夫や三味線による七五調の調べは情感にあふれ、その迫力に思わず鳥肌が立った。心中の場面は、太夫の語りはなく三味線のみ。2人の人形遣いの演技がすばらしく、お初と徳兵衛の一挙一動に見入ってしまった。
曾根崎心中の初演は1703(元禄16)年だそうだ。公演を行った劇場の借金が完済するほどヒットしたが、真似て心中する男女が続出したため、お上から上演禁止を言い渡された。1955(昭和30)年に復活し現在に至るが、原文に脚色が加えられ、大坂三十三番観音廻りの段は省略された。
これに異を唱え、原文を再現したのが杉本文楽『曽根崎心中-付り観音廻り』。大阪でも2014年に上演された。杉本ファンではあったが、文楽に興味がなかったので鑑賞しなかった。
これを書く前、公演を追ったNHKの番組を久しぶりに見たが、脚本、美術、技芸員いずれもすばらしく、奇跡の公演だったのだと今ならわかる。無理にでも鑑賞しておくべきだった。