芦屋釜

現場の帰りに『芦屋釜の里』を訪ねた。GoogleMapで観光スポットを探して見つけたのだが、芦屋釜には覚えがあった。むかしどこかで観たのだろうか。

館内は私ひとりだったので、施設の方が丁寧に説明してくださった。茶の湯の釜の重要文化財は9点あるが、そのうち8点が芦屋釜だそうだ。南北朝時代に起きたとされ、真形とよばれる端整な形と、胴部の優美な文様が京の貴人達に好まれ垂涎の的となった。でも江戸時代になると廃れてしまい、技術も失われてしまったそうだ。
1989年の『ふるさと再生事業』で使い道について募ったところ、芦屋釜の復興を願う意見があったので、芦屋釜を紹介する施設をつくり、『復興工房』と名付けた作業場も構えたそうだ。

ガクアジサイとランタナの花が、雨上がりの庭でしっとり咲いていた。

普通の住宅、普通の別荘

中村好文さんはじめての作品集。とはいえそこは中村さん、いかにも建築家の作品集でございといった偉そうなところは微塵もなく、他の著作同様に中村さんの人柄が表れている。だから作品集というよりは、いつもの軽妙な読み物を読んでいるようだ。
中村さんは雑誌への発表が多くないので、未発表の住まいがたくさん掲載されていてうれしかった。とくに『プロフェッショナル仕事の流儀』で紹介されていた国際線CAの住まいの、いかにも心地よさげなピットラウンジを詳しく見たいと思っていた。ほかには、札幌の住まいは普段の中村さんじゃないところが見られて面白いし、五十嵐威暢さんの住まいもよかった。
久が原のすまいやLemm Hut、Mitani Hutも掲載されていたが、雨宮秀也さんが撮影された写真がよく、よそ行きでない普段着の暮らしぶりをうまく切り取っていた。
巻末で三谷龍二さんと山口信博さんが中村さんについて対談しているが、おふたりとも中村さんの友人で、クライアントで、作家同士。このようなおふたりの中村論がつまらないわけがなく、ニヤニヤしながら楽しんだ。

The Köln Concert

このアルバムを聴くと、学生のころに見たテレビ番組を思い出す。それは関西テレビで深夜に放送された、建築を取り上げた特番。
当時もっとも注目を集めていた建築家12人と、彼らの作品51点を紹介するもので、たしか2時間くらいあったと思う。当時はミーハー学生だったので、登場する建築家も作品もすべて知っていて、それを映像で見ることができるとあって喜んだ。原さんのヤマトインターナショナル、毛綱さんの釧路市立博物館、伊東さんのシルバーハット、槇さんのスパイラル、長谷川さんの湘南台文化センター、高橋さんの芸術情報センターなど、当時最新の建築が紹介された。安藤さんは贔屓を受けたのか、ほかの人よりも数が多く、おまけに事務所でのインタビューや、現場での撮影シーンも紹介された。そのころから注目の人だった。
当時の安藤事務所は昼食を自炊していて、服装はけっこうラフだった。80年代のよい空気が流れていた。でもいまでは商社のようだ。『情熱大陸』で事務所風景が映っていたが、所員はおろか学生バイト君までスーツを着ていた。世界の安藤事務所なので、粗相のないようにしているのだろうか。安藤さんはもうじき70歳だとか。髪が薄くなっていたが、パワフルなところはあいかわらずで、むかしと変わらずガハガハ笑っていた。
音楽もよかった。洋邦ジャンルを問わず、それぞれの建築に合う楽曲が選ばれていた。ワコールで流れていたSadeの『Is It A Crime』、眉山ホールで流れていたSwing Out Sisterの『Twilight World』、マガジンハウスで流れていた竹内まりやの『夢の続き』、福原病院で流れていたFrank Sinatraの『Summer Wind』。最後に城戸崎邸で流れていたのが、このKeith Jarrettの『The Köln Concert』。静謐なコンクリートの空間にしっとり合っていた。

ライヴ:ひとりメセニー・グループ

ひとりメセニー・グループを見にサンケイブリーゼホールへ。
ライブではじめて最前列の席へ座ると、ステージにはいくつかの楽器。上手下手にマリンバとギターボットがひと組ずつ座り、正面奥にはシンバルがひとつ。あれ?ライブではこれだけ?と思っていたら、パットがアコギを携え登場。ギターソロからスタートした。
2曲目で聞き覚えのあるイントロ。『This Is Not America』だった。パットのライブははじめてで、これまでもこの曲が演奏されていたのか知らない。サウンドトラックだし、デビッド・ボウイとの共作。でもこうしてソロで演奏するということは、パットもこの曲が気に入っているのだろうか。そう思ったらグッと来た。5つのネックに42本の弦を持つピカソギターも登場し、また思いがけず感動。ギターを交換し、何やら足元をまさぐる。いよいよかと思ったら、下手マリンバの手前にちょこんと鎮座しているシンバルの小さいの(ゼンマイ仕掛けのブリキのサルが叩くようなもの)がリズムを刻みはじめ、それに合わせてパットが即興。あとでこの子を紹介する場面が可笑しかったが、案外この中ではいちばんのお気に入りなのかもしれない。
コンガのトントントントンという音とともに背後の黒幕が落とされ、フルセットが登場。やはりこうでなくては。そこから一気にアルバムの曲を披露。各楽器にはLEDがついていて、音を出すと光るようにできていたが、縦横無人に間髪いれずに明滅するそれらは、クリスマスのイルミネーションのようできれいだった。棚に並んだボトル楽器の底も淡白く光りうっとりした。
ラストパートはオーケストリオンたちとの即興。パットがギターを爪弾くと、他の楽器が同調して演奏する。それは魔法のようで、夢のような不思議な光景だった。最近見た『Re-Clammbon 2』の映像で、mitoさんが爪弾いたフレーズを、その場で録音してループ再生していたが、パットも同じことをやり、これが生ループかとニヤニヤした。
ダブルアンコールにも応えてくれて、終わってみれば2時間30分が経過。照明が灯り、ゆったり余韻に浸りたいと思うのもつかの間。このとんでもないシステムを一目見ようと、後ろの人たちがわんさかやってきた。大撮影会がはじまってしまい、たまらず私もパシャリ。
マリンバやギターボットの音がもう少し大きければと思ったが、最後まで故障なく演奏してくれただけで満足。海外では途中で故障し、中断した公演があったそうだから。

脳で痩せる

保険組合が無料で行ってくれている健康診断を受けた。サラリーマンではないので毎年強制的に受けさせられることはなく、健康についてまじめに考えたことがないので、健康診断は数年に一度受けるかどうか。前に受けたのがいつだったか覚えていない。
健康についてまじめに考えていないが、日々成長するお腹は気になっている。ちょっと出てきたという頃は、常にお腹に力を入れてへこませていたものだが、いまではそんなこともしなくなった。巷で話題のお手軽なダイエットを試してみたが、三日坊主で続かなかった。
そんななか1冊の本に出会った。『死なないぞダイエット』ためしてガッテンのディレクターが自ら実験し生み出したダイエット法。ほぼ日でいまこの本の著者と糸井さんの対談が連載中だが、話がおもしろいので試しに読んでみた。そしたら怖くなった。いかに健康に無頓着だったか。
太るということは、体の中のパーツやその機能が正常ではなく、そのままでは様々な重篤疾患が発現する。考えればわかるが、巨漢ほどの体型には至っていないし、健康についてまじめに考えていないので、どれほど怖いものかわかっていなかった。それがこの本の前半で執拗にわかりやすく書かれている。ダイエットをしないと重い病気になるよ、死に至るよと。
健康についてまじめに考えない理由に、ひとり身だからということがあると思う。結婚して子供がいれば、彼らのことを思って早死になどできないだろう。でもひとり身だとそこまで切実ではない。でもこの本を読んで親兄弟のことを考えた。両親も兄弟も普通体系ではないので、自分も含めてこのままではいけないと思った。生涯背負うような重篤疾患を患えばみんな不幸になる。そんなことで一生を棒に振りたくないし、治らないものに大金をかけるなど馬鹿げている。
健康診断の結果が届いた。悪いところなどないと高をくくっていたが、悪玉コレステロールの値が異常に高かった。そこだけ赤字になっていて、再検査の烙印が押されていた。これはいよいよまずいと思った。
そんなわけで、この本に書かれている方法を実践すべく、うちになかった体重計を買った。まだはじめて数日だが、食べたり飲んだりした分体重は増え、排泄すればその分減るのを見るのが楽しくなってきた。このままβエンドルフィンが大量に分泌されるようになればしめたもの。

落とし前をつけた

1Q84 BOOK 3読了。まさか牛河が割って入るとは。人物が細かく描写されていて3人の中でいちばん楽しめた。村上さんは「登場人物をできるだけ丁寧に造形した」と言っていたが、牛河の場合は丁寧を超えて愛すら感じた。これが村上さんがやりたかった『総合小説』なのだろうか。
それにしてもBOOK3には面食らった。新たな謎がいくつか生まれたものの、一貫してごくふつうの、日常を淡々と描いた日記のようだった。あいかわらず月はふたつあり、リトルピープルや空気さなぎも登場するが、青豆はずっとマンションに閉じこもり、天吾は千葉の療養所で父親につきっきり。ふかえりや小松、マダムやタマルは一線から退いている。そんななか牛河だけがあくせく働いていた。でも働きすぎて、張り切りすぎて最後には死んでしまった。
なにはともあれ、ふたりが合うことができたのだから、これでお終いだろうか。12月で終わったからつぎは『1985』になってしまう。でも「そんなこと関係ないぜ!」と赤いQをリリースしてほしい。青豆のさなぎ、牛河のさなぎ、そしてさきがけ。ネタはまだある。